県連会長表彰状伝達式 記念講演

 演題:プロ野球監督に学ぶ 強い組織をつくるノウハウ
 講師:スポーツジャーナリスト・元日刊スポーツ新聞社編集委員
     
野崎 靖博 氏



野球は筋書きのないドラマといわれている。私は、野球を語れば人生を語れる。野球を語れば社会を語れる。野球を語れば時代を語れると確信している。
今日はプロ野球の監督というポストに焦点をあて、日々プロ野球の監督とはいったいどのように選手を育て、選手を使う、そしてどうやって戦っているのか?
有能な監督とはどんな監督なのか?
強い組織を作るためにいったい監督は日々どのようなことをやっているのかな?そのプロ野球のリーダーである監督を語ることによって、まあ色々な社会において「リーダーとはどうあるべきだ」と言われておりますが、その一つを語ることになるのではないかと私は思っております。プロ野球の監督を通してリーダー論をお話しさせていただきたいと思います。
ホワイトボードに書かれたポイント
監督の権限            メジャー25人
親会社 社長=オーナー      3A 40人
球団社長=フロント          2A 40人
監督=中間管理職          1A 40人
コーチ 1チーム20人前後   ルーキング 40人
選手 1チーム70人       1チーム 200人
    一軍は25人
有能な監督の条件

○ビジョンを持って戦う
○選手の能力を見極めて
 適切な指導をし、適材適所に使う
○若手や埋もれた人材の育成
人材育成の原点は
心をこめて観察し
長所や個性を伸ばすこと
◆優秀な監督の条件

優秀な監督がチームを率いていけば、必ずそのチームは強くなります。しかしながら駄目な監督が率いたらどんな優秀な選手を集めても、なかなか勝てません。これが野球の面白いところです。
ではどのような監督が優秀な監督か、私の記者経験の中から3つの条件をここに書きました。

 1.ビジョンを持ってそれを選手に浸透させる
一つはビジョンを持って戦っているかどうかです。たかが野球、されど野球という言葉がありますが、わずか100人位の軍団のリーダーでも、しっかりとしたビジョンを持って戦う監督とビジョンなき戦いをする監督との差は歴然です
まあビジョンを持つということは、どんな小さな組織でも上に立つ人は絶対に欠かせない条件ですね。
いくら監督一人が自分で「俺は絶対こうする」というビジョンを持っていても、それが部下である選手やコーチに伝わってない、浸透していない、空回りしていたら意味がありません。ビジョンを持ち、それを浸透させ結果を出さなければ駄目です。

 2.選手の能力を見極める目
一チーム70人とはいえ年代差もある、一人ひとりの体力、技術も違う。そして過去のキャリアも皆それぞれ違う。国籍も違う、たった一つ共通しているのは野球をするという技術を認められて球団と契約をしているということです。
その技術集団のトップにいるのが監督です。ではその監督に何が求められているかというと、選手の能力をしっかり見極める目です

皆さんはこう思うでしょう。プロ野球のチーム監督に選ばれるくらいの人材だから、誰もが皆一人ひとりの選手の能力を見る目は持っているだろう、こう思うでしょう。意外にそうではないんです。昔からよく野球界にはこんな言葉があります。「名選手、必ずしも名監督なりえず」こういう言葉があるんです。「あのスター選手が来年うちの監督になる、大活躍して俺もファンだったなあ・・・まあ監督になってもきっと強いチームを作ってくれるだろう」・・・という思いに駆られるでしょうが、なかなかスターと言われた人達は名監督にはなりえない。指導者としてはうまくいかない。数多くの選手や監督を私は見てきた。
まあ日本の野球界は名前と実績を重視する社会です。野球界だけではなく、多くの日本の社会、官僚なんかは特にそうです。名前と実績を重視する、野球界もそうです
つまり日本の球界で監督になれる人材というのは、多くの場合はそのチームのスター選手です。
ところが彼らは確かに選手時代は実績を残し、そして名前を残したかも知れませんが、では指導者として何を学んだのかということになると、何もほとんど学ばずに監督になる、あるいはコーチになるわけです。つまり彼が指導者として持っている財産はというと、自分の名声と自分の実績です。ということは、その若い選手に教える段になると、どういうふうに教えるかというと、俺はこういう練習をして、こういうピッチングホームで投げて、あるいは、こういうバッテングホームをして首位打者になった。ホームラン王になった、最多勝を取った、防御率一位をとった。あるいは名選手として鳴らした。つまりお前たちも、俺がやってきた事と同じような練習をして、同じようなホームをして、俺が教える通りにやりなさい。俺が指示する野球をやりなさい、そうすれば俺と同じようになれるよ。あるいは俺と同じようになればチームも強くなるよ!・・「お前なんで出来ないんだ、お前は能力がないよ、お前は二軍に行け、お前は要らない」つまり自分が教えていることと外れると、それをマスターすることの出来ない選手は二軍に落としたり、よそのチームにトレードに出したりする。果たしてそうなのか?自分と同じような考え方をしてたり、体力を持っていたりすれば、ある程度理解はしてくれるけれども、一人ひとり違うんです。選手は!あるいは外国人の選手だっているんです。そういう選手に自分と同じ形を無理強いしてもうまく行く訳がない。でも日本の場合は多くは名選手が監督になった場合は、そのような指導をし、そのような扱いを選手に強いたわけですね、それじゃあうまくいかない

西武ライオンズ、渡辺監督の手腕 
今年は渡辺久信監督率いる西武ライオンズが日本一になりました。野球を良く知っている方は、きっと今年こそ巨人が勝つだろう、あるいは夏場までは阪神が突っ走って行くだろう。誰も西武ライオンズが勝つなんて思ってなんかいなかったでしょう。事実、開幕前の評論家のアンケートの中で、西武優勝ということを挙げた人は一人もありません。皆ふし穴かなあ・・といいたいくらい、それが現実でした。それくらい戦力がなく問題外のチームだよ、まあパリーグはソフトバンク、王さん率いる最後の年になるから、なんとか選手も頑張るだろうとか、いや日本ハムも力をつけてきたから日本ハムだろう。みんな思っていたでしょう。
ところが渡辺久信監督率いる西武が優勝した。いいですか、渡辺久信監督は若干43歳、今年の12球団の監督の中でも一番若い、しかも監督一年生だ。しかも西武ライオンズでははっきり言って、名前や実績のある選手なんて一人もいない。おまけに昨年は5位に転落している。観客動員は12球団で一番少ない、どうにもならない弱体チームでした。それを率いた渡辺さんは見事日本一になった。これは監督の手腕といってもいいでしょう。

人を使うためには何が必要か 
渡辺監督は西武のまあ一時期エースと呼ばれる存在でしたがスター選手でもありません。125勝を通算していますが、まあたかが125勝なんてザラザラおりますよ。彼は首になっているんです。「もう君はいらないよ」それで彼はどうしたかというと、野村さんが監督をしているヤクルトにテスト生として入れてもらった。一年間はそこでプレーして、そこでも首になった。それでも彼は野球をやりたいといって、台湾球界に行った。台湾球界で彼は18勝あげピッチングコーチも任された。つまり彼は挫折を知っている男です。苦労しました、つまり、そこからヤクルトで学び、台湾球界で学びそして西武に呼び戻して、西武のピッチングコーチです。二軍のピッチングコーチの後、二軍の監督を務め今年一軍の監督になりました。つまりエリート達がやめてすぐ一軍の監督になるのとは違って、彼は様々なところに行って、いったい人に教える?人を使うということは何が必要であるかということを学びました。
彼にとって、この西武を出た後のヤクルト時代、台湾時代、二軍のコーチ、二軍の監督時代は大変プラスになったと言っております


人材育成の原点 
それは台湾球界に渡って、自分がピッチングコーチを任され言葉もそんなに理解できない、中国語が理解できない中で、若い選手を教えなければいけない。若い選手を使っていかなければいけない、ということは自分から話しかけなければ何も始まりません。自分から話しかけ、君のピッチングはここを直したほうがいいよ、と通訳をつれてきて教えます。しかし自分の日本で教えていた通りのことを言ったって、台湾の若者は理解できないかもしれない。・・・「いやあ、あなたの言っていることは解らない」。そうするといかに解りやすく、相手が理解するように腰を低くし目線を低くして懇切丁寧に教えていかなくちゃいけない、根気も必要です
でも、それが理解できて相手の技術も上達して、「ああコーチありがとう、僕はおかげでカーブをマスターした」「おかげで6勝できたありがとう」嬉しいわけですね。
ああそうか、人に理解してもらうには、その教える人間の目線に合わせて、高い目線でこうやれ、ああやれ、こう投げろ、出来ない?君はだめだ・・・ではなく懇切丁寧に解りやすく教えていかなければいけない”。
二軍の選手と話をし、二軍の選手を見てこう思った「プロ野球に入ってきている位だから、選手には必ず一つや二つは長所がある、いいところがある。だからその良い所を見つけ出し、引き出してあげるのは監督あるいは指導者の責任ではないか」人材育成の原点は「心をこめて、まず観察し長所や個性を伸ばす」このことに気がついたそうです。

渡辺監督のビジョン 
一軍の監督になって、チームを変えていこう(チェンジですね)彼は心に期すものがあったそうです、そして掲げたビジョン、西武ライオンズは今はどん底に落ちた、つまり親会社の西武鉄道、堤清明さんが色々問題を起こして親会社も傾いてきた、経費削減もした、子会社も全部整理した、リストラもした、当然球団にもそのしわ寄せがやってきます。西武は渡辺監督が就任する前にどうなりました? 一番のスターだった松井稼頭央がメジャーに行った、松坂もメジャーに行った、カブレラは給料上げろといって上がらないからオリックスに行っちゃった。チームの大黒柱でチームリーダーだった和田もフリーエージェントに手を挙げて中日ドラゴンズに行っちゃった。もう主力がゴソーっと抜けた。その代わり球団の経費は安くなりました。30億も超えていた球団の経費が20億にまでなっちゃった。読売巨人軍の今年の人件費は55億ですから、巨人の半分、一番安いのは楽天ですね(16億)。
普通はですよ「オイオイこの戦力で戦うのは無理だよ!ちょっといい選手を連れてきてよ!」・・・こうなる訳ですよ。ところがそんな愚痴もこぼさない、今いる選手の能力を俺は最大限に発揮させる。
自分はどん底に落ちた西武ライオンズを立て直すことは何か!真っ先にやることは何か!プロ野球はファンあってのプロ野球。観客動員は12球団最低、108万人まで落ち込んだんです。野球はやっぱりお客さんを呼ばなきゃいけない。俺のまず役目はお客を西武球場に呼び戻す。・・立派なビジョンですね

ビジョンを実現するために:選手の持っている能力を引き出す 
それにはどんな野球をしなきゃいけないか!
彼はファンの立場で考えたら、やっぱりまずホームランを見たい。まずホームランを増やす。次にピッチャー、ピッチャーは三振をバッタバッタ取る、三振を沢山とるチーム、そういうピッチングスタッフを作ろう。そして盗塁、スピーディーに塁を駆け巡る。あるいは守備でも、すごい俊足でフェンスにへばりついてボールをとるスピーディーな野球、そういう野球をチームに植えつけていく・・立派なビジョンです。そのためには選手の持っている、今持っている能力を最大限に発揮させよう、細かいことはグジャグジャ言わない「ホームランを増やすには誰かいるか?」「お代わりがいるじゃないか!」お代わり君の中村、日本シリーズでも3本打ちましたね。ヒットは3本しか打たない、全部ホームランです。打率は1割何分しかないのに立派な働きをしました。
彼を見たとき「何だこいつは、両国に行ったほうがいいんじゃないか」173センチ、105キロあったんですよ、でもそんな選手をとってしまった。「今は足の速い選手なんてなかなかいない、だから守備は下手だし、たまにしか当らない、しかしうちに誰がホームランを打つやつがいるんだよ!」「三振したっていいじゃねえか、少々エラーしたっていいじゃねえか、お前はホームランで取返えしゃいいんだよ、思い切って振れ」といってバンバン振る練習をさせたんです。お代わり君のほかにも、まだ中島やジージー佐藤という中途半端なバッテングしかしてないのがいたから「いいからお前達も思い切って振れ」といってバンバン振らしたんです。
その結果今年の西武ライオンズのホームランの数は198本、12球団トップです。ものの見事にホームランを数多く打つという一つの課題はクリヤーしました。
それから盗塁ですが、片岡という足の速い選手がいる。栗山という足の速い選手がいる。「君たちはいいよ、俺たちはコマゴマしたサインは出さない、いけると思ったらボンボン走れ」といって片岡は50盗塁をして盗塁王になりました。お代わりは46本ホームランを打ってホームラン王になりました。
あの日本シリーズの3勝3敗で迎えた第7戦、1対2で負てる試合で、まあ8回で巨人はこれで逃げ切るかと思って越智をつぎ込んできた。そこに一球デットボールがバーンと当たった。一塁に出た・・喜んで。デットボールに当ったら「ふざけるな!」とマウンドに普通行くけど、ニコニコして一塁に行ったんですよ。そして一球目に盗塁ですよ。バーンと・・巨人バッテリーは動揺しましたよ。送りバントで三塁まで。次に中島が打ったボテボテの内野ゴロで「あっバックホームでアウト」と思ったらスタート良く滑り込んでセーフ。ホームランばっかりでなく、スピーディーな野球、足でまさに日本一をもぎ取ったといってもいいでしょう。しかしあの日本シリーズでも好投した岸、まだ2年生です。それほど有名なピッチャーとして入団した訳ではないんです。あるいは涌井も大活躍しました。彼らは伊東監督時代はなかなか思いきって投げることは出来なかったのです。新任の監督が「いい、お前たちは打たれてもいいから思いきって投げろ、少々くさいボールでガーンとホームランを打たれてもいいから、思い切って投げろ」・・・普通は日本のピッチャーはツーストライクに追い込みます、次はどうですか、全く関係のないところに外すでしょう。
ところが渡辺監督は「そんな無駄なことはするな、勝負に行け」そして若いピッチャーは伸びのび投げるようになって成功していった訳ですね

 3.若手や埋もれた人材の育成 
つまり渡辺監督はこういっています。「一つのチームを変えるには中途半端な指導しても何も変わらない、思いきって行かなければ変わらない」その通りだと思いますよ。それを貫いたのは43歳にしては立派です。そしてスター監督ではない、渡辺がやった。それは何故かというと、ヤクルトで野村さんのアイデア野球「ああ野球ってこんな考え方もあるのか」あるいは台湾球界に行って言葉もわからない、そういう力のない無名の選手たちに「どうやって教えれば理解してくれるかなあ」必死になって人を教えるとは何だということを、のた打ち回って身につけた。西武の二軍コーチや二軍監督をやって、二軍で埋もれた人材がいるのに、その人材を「どうして使ってくれないのかなあ、俺が監督になったら70人の選手一人ひとりをじっくりと見て、人材育成の原点、心をこめて選手を必死に見て、その中の長所や個性を引き上げよう」こういう思いで彼は戦ってきた訳ですね。立派にこの三つを彼は成し遂げたといってもいいでしょう。あっぱれです!

日本シリーズの巨人と西武 
原辰徳監督は去年プレーオフで負けて、今年13ゲーム差をひっくり返し「ヤッター、今年こそ日本一だ」といって日本シリーズに望み、終始、先に大手をかけ一歩ずつ先に行ったんです。最後の東京ドームで連敗したんです。肝心なところで!
 敵の本拠地に行って勝ち上がった渡辺監督は立派ですよ、しかも第4戦で完封した岸というピッチャーを、今度は第6戦では、ちょっと先発ピッチャーが悪いと思ったらすかさずリリーフに送って、つまり短期決戦では最も調子のいい選手を使っていくという対応能力も彼は持っていたわけです。
ペナントレースでは若い人を育てるには失敗しても目をつぶる。少々三振しても目をつぶる。そうやって失敗を何度も重ねながら育てるということは大事なことですが、今度は短期決戦になったら違います。明日はないんです、つまり、その短期決戦と長いペナントレースの戦い方を渡辺監督はちゃんと使い分けて戦った。

原辰徳監督はイスンヨプが悪かったですね、今年の日本シリーズ。だから第5戦で代えました、うまく行ったんです。で第6戦でまた戻してるんですよ、何で? 第7戦また使ったんですよ、結局うまく行かなかった、つまり迷いがあった、中途半端であった。あるいは公式戦で越智、山口、中継ぎを判で押したように使って行き成功したので同じように使っていったんです。第6戦まではうまく行ったんですが第7戦でダーンとやられてしまった。同じように使われていくうちに、西武のバッターは越智や山口の球質を全部覚えた。二人には疲れが出ていた、そのぶつかり合いだった。
結局、しかも去年は谷と小笠原をつれてきた、西武の抑えピッチャーの豊田も呼んできた、つまりお金と人気で巨人はあの長嶋さんの二度目の監督以来、毎年のように補強しているわけです。さらに今年はグライシンガー、ラミネス、クルーンも呼んできた、三人はそれぞれヤクルトの4番バッターでホームラン王で打点王、グライシンガーは横浜でストッパーとして大活躍、クルーンはヤクルトでエースとして16勝をあげている、つまりよそのチームのタイトルホルダーを集めてきたんです全部。だから小笠原、谷、そして今の3人、豊田とか、ほとんど軸になる選手をよそから呼んできている。それも高額なお金です。
イスンヨプ6億の年俸、小笠原5億、ラミちゃん4.5億、グライシンガー3億、豊田2億、これだけ合わせただけで西武の全選手の年俸になってしまう、そんなチームが年俸半額以下の西武にやられるんです。だから野球はお金に任せて名前と実績のある選手を呼んだって勝てない。
渡辺監督は自らこう言ってましたね、うちみたいなチームが巨人に勝つ、これが野球のおもしろさであるって


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